丸谷秀人のブログ

エロゲシナリオライター丸谷秀人の棲息地。お仕事募集中

映画館こわい

 映画館はこわい。いつもこわい。

 この前もそうだった。
 予約した席につくと、目についてしまった大きな荷物。少しくたびれた感じ

の若い男が脚の間に挟んでいる。

 

 映画館は大きな荷物なんか持ってくる場所じゃない。

 

 そんなのちょっと考えてみれば判る。映画の世界にどっぷり浸かって目も頭

も心地よく疲れ切った後で、一体なにが出来るって言うんだろう? 私なら何

も出来ない。せいぜい帰りがけにコンビニでも寄るくらいだ。コンビニに行く

だけのためにデカイ荷物なんていらない。わけがわからない。

 なのになぜか大きな荷物があるんだ? 今回は大きな旅行カバンだったが、

リュックだったり、紙袋だったり、風呂敷包みのことなんかもある。誰もいな

い席にポツンと置いてあることもある。ありえない。

 暗くなり始めた館内で青年の表情は見えないが、想像はつく。緊張している

か恍惚としているか、恐怖に震えているか、邪悪な笑みを浮かべているに決ま

っているのだ。

 

 ヤツは自爆するつもりなのだから。

 

 あの大きな荷物の中には強力な爆弾が入っているのだ。時限式か、それとも
スイッチか、遠隔操作でボンか。そうでなければあんな大きな荷物を持ち込む
はずがない。なんの主義か信仰かはたまた家族でも人質に取られているかは知
らないが今すぐやめて欲しい。

 

 いや待て。

 

 この世には私ごときでは想像がつかない動機というのを持った人間がいる。
映画館の中で最初の上映からずっとピザを食べ続け、その日の最終上映が終わ
った時に苦悶の表情を浮かべ死んでいた男や、壁に拳銃をくくりつけてその引
き金にお手製の特殊な仕掛けをつけて、自分の身体に何発の弾を撃ち込んで死
ねるかに挑んだ男や、家族の夢の中に出てきたら山の中に暗号を書いた手紙を
隠した場所を教えるので探しに行って欲しいと言う奇っ怪な言葉を残して飛び
降りた少年などがいる。彼もまたそういうのの1人で、大きな荷物もその奇怪
な意志のなせるわざかもしれないではないか。

 

 例えば……三日前、朝起きたら、『そうだ自爆しよう!』と思いついてしま
ったのかも。

 

 私はわきあがってくる恐怖から必死に考えをそらそうとする。大丈夫、自爆
するならもうちょっと違う場所でするはずだ。広場とか官庁街とか。いやいや、
テロリストにとっては、それなりの人数を巻き込んで死ねばそれで目的を達す
るのだから、人がある程度いればどこだっていいのだ。

 

 つまり映画館でもオッケー。オワッタ!

 

 それにだ。人生の最後に映画を見てから死にたいとかかもしれない。だとす
ると、エンディングまでは爆発しないはずだ。その間に気が変わってくれない
だろうか。だが、爆弾まで作っておいて今更やめてくれるだろうか? 爆発物
の原料を集めている段階で、公安辺りに目をつけられているかもしれない。今
だって爆発物の原料のルートから、逮捕の手が彼に迫っているかもしれない。
この瞬間にも、扉が開いたら公安がなだれ込んできて、彼の身柄をとりおさえ
ようとした瞬間大爆発を起こして、当然、私も巻き込まれて……。

 

 ああ死にたくない死にたくない。

 

 大した人生でもなく、これからも大した人生でもないだろうに、こういう時
強烈に死にたくないと思ってしまう。まぁ死ねばまだいい、半身不随にでもな
ったら最悪だ。私は少しでも怪我を軽くするために必死に考える。ヤツは私の
左側3個離れた席に座っているから左半身は重傷を負うだろう。隣とその隣に
は客がいるから彼らが肉の壁になって上半身は大丈夫かもしれない。席に深く
身を沈めてみると、今度は脚が気になる。ヤツのカバンは足もとにあり、そこ
と私の脚の間には何も無い。爆風や熱風、カバンの破片の襲撃をさまたげるも
のは何もない。下半身がズタズタになって血の海でのたうち回り出血多量で

死ぬのか……なんとかしなければ。だけど席の上で正座するわけにもいかない、

後ろの席の客の迷惑になる。

 

 どうすればいいんだ。出来れば五体満足で帰りたい!

 

 帰ればいいじゃないか。とおっしゃる方もいるだろう。そんなに怖いなら、
今すぐ映画館を出て帰ればと。だが出来ない。なぜなら私の常識というヤツが

『この国でテロだの爆発だの起こるとしても、ここで起きる確率は低いでしょ?

落ち着け』とわめきたてるのだ。『大きな荷物だって、映画見たあと里帰りで

もするのかもしれないし、職場に行くかもしれないし、少なくともテロよりそ

っちの可能性の方が高いだろうが!』と。判る。君の言ってる事はよくわかる。

なんせ君は私だし。私も理屈では判っている。だから何事もないフリをして席

に座り続けて映画の始まりを待っているわけだ。

 

 でも、万一、ひょっとしたら?

 

 一番恐ろしいのは、持ち主がいないで大きな荷物だけある場合で、私の内部
的には爆発物である可能性が3倍ましになる。時限式か遠隔式だということだ。
だからと言って、荷物の持ち主が帰ってくるとホッするかと言えば、遠隔式が
スイッチ式に変わっただけで恐怖は持続する。
 今回は持ち主は席も立たずパンフレットを読んでいるから、少なくとも映画
を最後まで見る気はあるのかもしれないが、自爆する前に、どんな映画かくら
いは知っておこうと思っているだけなのかもしれない。それとも、パンフレッ
トの文字など頭に入っていなくて、ただ読んでいるフリをしているだけなのか
も。いやあれはパンフレットに偽装した彼の組織なり団体なりのバイブル的な
もので爆発前に自分の正義を確認しているだけなのかも、実は映画とかの娯楽
は堕落への道だから抹殺せよとかの主義で、『こんなけしからん映画もこんな
けしからん映画を見ている奴らも抹殺しなくちゃな!』と自らの正義に恍惚と
しているのかも。

 

 君らの正義は勝手だけど私を巻き込むな! 巻き込まないでください。

 

 予告編が始まって、更に館内が暗くなると、荷物が見えなくなったせいか、
恐怖は薄れてゆき。結局、エンドマークが出るまで思い出すことはなかった。
まぁ平常運転である。明るくなった館内で改めて荷物とその持ち主を見ると映
画を見終わって満足そうである。良かったね。なにをあんなに怖がっていたの
か自分でも判らなくなっているのだった。

 

 やれやれ。今回も命がつながった。

 

 実はこの恐怖。全く役に立たないわけじゃない。
 これは個人的に映画をどれくらい気に入ったかの尺度にもなっていて、爆発
物を忘れてしまうのは料金以上に楽しませてくれた映画。エンドロールくらい
で思い出すのは料金に相応しい価値はある映画。上映中、たまに思い出してし
まうのは、損した映画。そして、最初から最後まで恐怖にさいなまれていた映
画は金を返して欲しい映画である。幸いなことに、最後のジャンルの映画は今

まで1本しかない。
 映画の内容より、座席の上にひっそりと置かれていた茶色い旅行カバンの色
や形、その表面が映画の中の光景を反射して七色に光っていたこと。そればか
りを覚えている。2時間ただただ恐怖。あれを上回るホラー映画なんて見たこ
とない。今でもたまに夢に出て来る。とにかく怖い。怖かった。あのカバンど
うなったんでしょうねぇ……。

 

 

 とりあえず私は生きてるし。よかったよかった。