事実の腕力
ある国の皇帝が首都の街頭でテロリストに襲われたのだが、間一髪九死に一生を得た。せっかく命を拾ったんだから真っ直ぐに宮殿に帰って籠もっちゃえばいいのに、なぜか帰る前に公園に寄って、その場にいた別のテロリストに暗殺されてしまった。
実は皇帝のお付きがテロリストの一味で、最初の襲撃に失敗したら次の襲撃場所へ誘導する手はずになっていたのだった……とかだったら納得なのだが、違う。
そのテロリストが第六感で皇帝の来訪を察知していて待ち伏せしていた、でもない。
皇帝はたまたま公園に寄り、そこに襲撃し損ねてくやしがっていたテロリストがいた……というなんともわけがわからない展開である。
某独裁国家の高官が、支配を任されていた属国の首都で暗殺された。彼はその時オープンカーに乗っていた上に、運転手兼護衛の1名しか側にいなかった。しかも暗殺者の機関銃は故障し、手投げ弾は爆発はしたが致命傷を負わせるのには失敗、高官は病院にかつぎこまれ一時は回復するかと思われたのだが、爆発で損傷した車のシートから飛び散った詰め物の馬の毛が傷口に入って、そこから敗血症になって死んだ。結局彼は暗殺者でなく馬の毛に殺されたのだ。
なぜオープンカー? なぜ護衛が1人? しかも機関銃が故障? とどめに馬の毛。
なんというか……暗殺というシリアスな事態なのに、コントみたいである。
どちらも小説やフィクションなら、御都合主義もいい加減にしろと怒られる展開だが、事実だからしょうがないよね。かくのごとく事実という奴の腕力はすごい。
どんな不条理も人間に無理矢理飲み込ませようとするのだ。
だが人間も負けてはいない。簡単にはやられはせんのだ。
想像力を駆使してありもしない陰謀や黒幕をでっちあげ神様や神話大系まで作りだし、わけがわからない現実に対して果敢に立ち向かうのだ。
それらはムダなあがきというわけじゃない。
昔は太陽や月や星がなぜ空を動くのか、なぜ夜が来て朝が来るのか、地球はどんな形をしているのか、なぜ火山は噴火して地震は起きるのか、全てがわけがわからなかったのに、なんとか格好つく説明がつくようになった。
文明の発展っていうのは、わけのわからない現実に対する人間の涙ぐましい努力の結果なのかもしれなかったりする。
だけど全部錯覚だったりしてね。