透明な水の底で
ことの起こりはクワイの栽培。
今年で四年目になるが、どうやっても避けようのないものがある。
発泡スチロールの大きな箱に土を入れクワイを植え水をいれると、必然的に発生するのは、藻と虫だ。
最初はキレイだった水は一週間と経たぬうちにうっすらと緑色になり、水底も一面藻で緑色になる。こうしてたっぷりと食糧ができると、ボウフラが湧いて来る。この頃になると腐ったような生臭いようないやなにおいが漂い出す。
こうして戦いが始まるのだ。
クワイは最終的に食べるので強力な薬は使えない。そうなると対抗手段は限られる。
①ボウフラをコップや網ですくいとる。
②リング状にした銅線を水中に沈め、銅線から水に溶け出す銅イオンの力を使う。
③水をこまめにとりかえる。
④水に消石灰をぶちこむ。水をアルカリ性にして水中環境を住みにくくする。
⑤タイの少年の知恵を使う。
⑥メダカを放ちボウフラを食べさせる。
⑦ポンプ等を設置し、水を循環させる。
⑧水の底に小石をしきつめる。
こうみると多種多様の先方がありよりどりみどりっぽいが、
どの方法も大した効果はないか、効果はあるかもだが金がかかる。
①は確かに無害だが、手間が非常にかかるし、クワイが大きくなるにつれて水面は見にくくなり、急速に効率は低下していく。
②も確かに無害だが、ボウフラの発生はおさえられず成虫になるのを阻害する力しかないらしい。蚊の発生はおさえられるが、いやなニオイの発生はおさえられない。それに、着実に効果を発生させるにはかなり多くの銅が必要らしい。毎年投入量を増やしてはいるのだが、効果が発生していると断言出来るほどの戦果があがった形跡がない。
③だと水ごと藻と蚊は消えるが、毎日水を大量に捨てるのって水道代の観点から気が引ける。それにクワイが大きくなればなるほど、箱は重くなり水を捨てるのも大変である。しかも無理に動かして箱が壊れでもしたら大災難。
④は確かに無害だ。しかも消石灰はセンベイや駄菓子などの袋に同梱されているため集めるのもタダである。だが効果を実感出来たためしがない。
⑤はペットボトルを使ったボウフラ捕獲機だ。なんでもタイの14だか15の少年が発明したそうである。ボウフラの性質を利用したものなのだが……我が家の狭い環境ではでかすぎて使えない。
⑥は水生植物を栽培する多くの方々が推奨する方法である……が、ごめん、生きものが苦手なんだ。飼ったら確実に死なせてしまう自信しかない。
⑦は高い。
⑧水草は生えにくくなる。よってボウフラの食糧も少なくなる。だが、夏になったころには小石にも藻が生えてきて……いつもと同じになる。
最初は③のみだったが、今や①~④+⑧の方法を組み合わせて戦っている。
そして今年も戦いが始まった!
クワイを植えて一週間も経つと、さっそくボウフラが姿を現した!
特に、3つある比較的大きな箱の1つにうじゃうじゃ湧いている。
銅線も入れておいたのに……去年の2倍増やしても効果がないらしい。そもそも、銅ではボウフラそのものは殺せないんだよな-。
そこで今年はまず④の消石灰投入を行ってみた。別段深い考えがあったわけではない。単に冬のあいだに大量にたまった乾燥剤が目に止まっただけである。とはいっても深い考えで動くことなど全くないバカなのだが。
最初は芽を出したばかりのクワイをさけて撒いた。水の底はシマウマのようになった。
次の日、予想通り、ボウフラは元気に泳ぎ回っていた。
心の中でなにかが切れた(のかもしれない)。
予想通りなのにどうしたことであろうか、3年間の苦い経験が蓄積させた遣り場のない怒りが爆発したのだろうか。人間ってこわい。
次から次へと乾燥剤の袋を切ると、片っ端から中身を水中へぶちまけた。
水底で顔をだしはじめたクワイの芽など気にせず、底が真っ白になるまでぶちまけた。植物は動物よりきっと強いだろうから大丈夫多分。もちろん根拠はない。でもほら、植物って動物より先に発生してるし、それだけ長く環境に適応してきたんだから、少々のやんちゃだって耐えてくれるだろう!
まっしろになると、なんか楽しくなってきた。
あはは、わはは、ほーらまっしろだ。はなさかじーさんみたいだ。
ほーれほーれ、まっしろまっしろ。
なにもかもまっしろになってしまえ。
5つの箱の水底を全部まっしろにして我に返る。
まずいんじゃね?
やりすぎじゃね?
しかもここまでやっても効果ないんじゃね?
というわけで、ベランダから逃げるように立ち去ったのだった。
次の日。
クワイを育てている箱の中はまっしろだった。
消石灰をまいたからだ。
水の底で葉が出始めたクワイまでがまっしろになっている。
底まで見えるのは、あれだけ大量にあった藻が消えているからだ。
そして、
なにか黒い大きな塊が水面に浮いている。
ボウフラの大きさではない。
ヤバイ予感がした。
見るのもいやだったが目を近づけて見ると、
なんとそれは大量のボウフラが一塊になって浮いているのだ。
真っ黒な絨緞のようだった。
あわてて小さなコップでそれを掬って捨てて、他にも浮いていないかと水面を覗き込むと、まっしろな水底が目に映る。
いちめんのしろの中に無数にちらばる小さな黒い線状のもの。
そのひとつひとつが死体なのだった。
呆然とした。
こんなにいやがったのか
へへへ。殺った。あれだけ手強い敵を殺し尽くした!
という喜びはまったくなかった。
なぜか、とてもこわかった。
あれから一週間。
未だに水は澄み、ボウフラは全く湧いていない。
かなりアルカリ性になった水の中でも、クワイは順調に育っている。
すばらしいことなんだが、透明な水底に無数の黒い潜が散らばっている光景にも変化はなく、それを見る度に、いやな気分になる。
アブラムシをいっぱい殺したあとでも、あんな気分にはならなかった。
死体がそこにあるからだろう。
そして水が澄んでいる限り、それを見ないで済ますことはできないのだった。