なにか聞こえますか? いえなにも聞こえないのが普通です。
朝起きたら耳が聞こえなくなっていた。
妙に音が遠い、うすい布の膜が幾枚も耳の奥にある感じ。
しかも右耳だけ。
おかしいな。左耳に指を突っ込んでふさいでみると、なにも聞こえなくなる。
右耳の奥に、なにかの塊が居座っている感じ。
なんか重い。
これは本格的に詰んだ。
実はここ一週間ばかり、どうも右耳の聞こえが悪く、特に風呂のあとなどは。
そのたびに、耳たぶをひっぱったり、くしゃみをしたり、右耳を下にして片脚で飛んでみたり、とその場しのぎの対策でなんとかなっていたのだ。すぽん、と空気が抜けた感触がして、やれやれと。
が、今回はどれをやってもいっこうに耳を空気が抜けた感じがしない。
彼女が耳掃除をしてくれると言う。うほ。
オレ、リア充。
などという存在はいないので、仕方なく自分で耳掃除をしてみんとす。
まず綿棒でこちょこちょ、先端がなにかに触れたが、もっと奥に押し込んでしまうというよくある展開。
そこで、最近発掘したちゃんとした耳かきでこしょこしょしてみたら、なにやら巨大なものの一部らしきものを掻き取っりましたが、肝心の本体は更に奥へ。
ふぅ……まぁ、やれるだけのことはやったよね。
というわけで自然に身を任せることにした。
昔、上野公園を歩いていたら、突然大きな塊が耳から転がり出てきたのを思い出す。
あれはいつのことだったか。どれくらいの大きさだったか。測っておけばよかった。
今回もあれの再現を期待。出て来たら測ろうと決心。
右耳がほぼ聞こえないとなると、自転車に乗るのは危険なので、ますます運動しないことが正当化されるのだった。よくない。よくないが仕方がない。
不便と言うほどの不便がないのが不幸中の幸い。
一応音は聞こえる。ただずぅーっと右耳の奥が重いのだけがわずらわしい。
忘れようと思えば思うほど、余計気になるのは理の当然。ああ、煩わしい。
わざわざ感じで「煩わしい」と書いてしまうほど煩わしい。
いっそ。左耳も塞いでしまおうか。
脱脂綿をまるめて左耳に突っ込むと、静寂。
どこかから遠い海の波の音が聞こえてくる。
よせては返す波打ち際では、船が難破していたりするのだろう。
半分海に浸かった死んだ町の尖塔は傾いて、
何も知らぬ海鳥がその上空を舞っている。
陳腐。
とおいとおいどこかで誰かがくしょみをした気がした。