墓地へ行って、墓を開けた 後編
カロートの入り口を塞いでいる平たい石は重かった。
なるほど、プロが金にするわけだ。
「重そうだなぁ」「重いよ!」「頑張れ!」
お。動く。
もちあげるのは無理だが、ひきずってずらすなら可能なようだ。
じりじりと石が動き、下の空洞が姿を現す。
「うわ。ホントに開いたよ! こいつ開けちゃったよ! ヘンタイだ!」「閉めるときはお前が閉めろよ」「えーっ」「えーじゃねぇ!」
日差しが差し込み、中がよくみえる。
コンクリートに四方を囲まれた、人がしゃがめば入れるくらいの空間。
その奥、墓石の下には上下二段の空間。並んでいる骨壺。
骨壺は白い陶器製で、ひとつずつ名前が書いてある。
「おお、あれ俺の祖父ちゃん! あっちは祖母ちゃん!」「感動の再会はその辺にして、親父さんをいれてやれよ」
さいわい、上の段の手前にもうひとつかふたつ骨壺が入る余地がありそうだ。
もしなかった場合は、骨壺の中身を出して、布製の袋に移しかえて容積を減らすとか、カロートの底に土が剥き出しになっている場合は、そこに埋めるとか、そういう作業をせよ、とネットには出てた。想像するだに気が進まない。
やらずに済んでよかった。
「ここまでやったんだから入れるのも――」「断る! お前の親父さんだろ!」「でも、こんなところに入ったら祟られるかも」「子孫のお前の方がそういう危険性は少ないだろ」「わがままだなぁ」「どっちがだよ」
奴はぶつぶつ言いながら、骨壺の入った箱をとりだし――
「お前それごと入れる気か」「だって箱が残ったら邪魔だし」「他の御先祖様は骨壺だけだろ!」「親父、特別扱いだって喜ぶかも」「よろこばねぇよ!」
奴は箱から骨壺を取り出すと、カロートの空間にしゃがみこみ、空いた場所に骨壺を置いた。と思ったら、その姿勢のままポケットからLEDライトを取り出すと、中を照らし始めた。
「なにやってんだよ」「金でも隠してないかと思って」「ないだろ普通」「いや、時間が経って腐っただけかもしれん」「好きなだけやってろ」「見張っててくれよ」「管理事務所に、埋葬許可をとってるんだろ? なら大丈夫だ」「ナニそれ」
「死亡確認の時にもらっただろ!」「……そうだっけ?」「じゃあなにしに事務所に行ったんだよ!」「まぁいいじゃん。そのなんとやらを持って明日いく予定だから」
行ってないのかよ……。
だんだん怒るのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
奴はしばらくのあいだ、中でごそごそしてたが、ようやく這いだしてきて、哀しげにため息をつく。
「はぁぁ……気が利かない御先祖様どもだ」「じゃあお前が入る時には、なんでも好きなものを入れて貰って、気が利く御先祖様と呼ばれろよ」「えーっ。そんなのいやだよ。俺が欲しいんだよ!」「みんなそうだから誰も入れないんじゃないのか?」「なるほど」
石を元に戻し、掘った土を元通りにし、ふたりしてお参り。
と言っても、大してよく知っているわけでもないので、報告することも言う事もない。とっくに骨になっている人に成仏してください、と言うのもなんかあれだし……いや、今日の息子の様子を見ていたら成仏しにくいかもしれんので、心配かも知れないですが成仏してください、と言っておくべきだろうか。
まぁいいか。それは親子の問題だから。
俺が顔をあげても、奴はまだ頭を下げて何か熱心に話しかけている。なんのかんの言っても親子だ。
「はぁ終わった終わった。帰ろうぜ」「その箱、置いていくなよ」「えーっ」「えーっじゃない」「俺重労働して疲れてるんだけど」「開ける方法を調べたのも、石を動かしたのもこっちなんだが」「いけず」
終わってみればあっけないものだ。
墓地の入り口から振り返ると、たくさんの墓に紛れて、どこにあるか判らなくなっている。
「ご苦労さん。駅まで送るから」「当たり前だ。交通費くらい払えよ。あと飯おごれ」「図々しいなぁ」「こっちのセリフだ。業者に頼んだら7万かかったところなんだぞ」「タダがステキなのに……」
車に乗り込むと、車内に音楽が流れ始める。
陽気な音楽。これ知ってる。「ブラジル」だ。
映画『未来世紀ブラジル』のメインテーマ。
「そういえば、さっき何を話してたんだ」「誰と?」「親父さんと」「彼女ができますようにって、出来ればメガネっこで、三つ編みで金髪で俺ひと筋で夜は娼婦で昼は淑女――」「ひどいな」「正直なんだよ」
そういうと奴は「ブラジル」に合わせて鼻歌を歌い出した。
あいかわらず音痴だった。